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キム・イヨン,チョン・ジェイン
キネマ旬報社
(2011-04-14)
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明けましておめでとうございます。
『トンイ下』読みました。トンイの息子が王になるまでの話です。あとがきに、当時の事が色々書かれてありました。儒教にとって音楽はとても重要だったため、最初は楽士、楽生合わせると一千人近くいたということ。ただし、トンイの時代には五百人位になっていたらしいです。また、両班の数が増えたが役職数は変わらなかったため、派閥を作り役職を確保しようとの党争が激化したこと。トンイの時代、南人と西人が激しい党争を繰り返しますが、この呼び名は漢城の南側か西側に住んでいたかに起因していました。
賤民を側室にした粛宗という王がどんな人物であったのかに興味がわきますが、台頭する両班の力に対抗するために、敢えて賤民であった女性を側室とし勢力の均衡を図ったという見方もあるようです。いずれにしても身分制度の厳しい当時としては画期的なことだったことと思います。